USスチール買収のニュース
去る2023年12月19日、ビッグニュースが飛び込んできた。
日本製鉄が、アメリカの鉄鋼大手、伝統ある企業であるUSスチールを買収する、というのだ。
買収額は約2兆円とのこと。
現在、粗鋼生産量としては、日本製鉄が世界4位、USスチールが27位、ということで今回の買収により日本製鉄は世界3位に浮上することになるという。
USスチールが27位というのはイメージからすると意外と低い、という印象だが、このところその上位は中国企業で多くを占められている。
USスチールに関しては以前から身売り話がちらほら聞こえてきていたが、そのころの売却額はだいたい1兆円以下くらいだったなので、今回の買収額は巨額である。
円安、しかも、来年米国大統領選を控え、民主、共和両党の激戦区であるペンシルベニア州ピッツバーグに本社を置くこの名門会社の日本企業による買収は、タイミング的にはかなりセンシティブと言わざるを得ないだろう。
12月23日の報道によると、バイデン大統領も日本製鉄の今回の買収につき、安全保障上の観点から認可するかどうか審査する、という意向を示したとのことである。
具体的には、省庁横断組織である対米外国投資委員会(CFIUS)が精査する、ということで、それをもって最終決断を下すことになるだろう。
USスチールの労組は今回の買収に反対表明を出しており、バイデン大統領としても、この件にいつどのような判断を下すのか、選挙を控え、なかなか難しい舵取りになる。
1964/65年ニューヨーク万博
さて、なぜ筆者がこのニュースにこれだけ関心を示しているのか。
それは、USスチールは1964年、65年と2期に分けて開催されたニューヨーク万博に欠かせない会社だったからだ。
このニューヨーク万博は、BIE(博覧会国際事務局)の認可をシアトルと争い、結局、BIE公認の万博としてではなく、独自のスキームでおこなった博覧会である。
ただし、米国連邦政府の承認は得ており、結果、多くのアメリカの州が州パビリオンを出展した。
ちなみにBIE承認の万博は1962年にシアトルで開催された。
そのテーマは「宇宙時代の人類」。
そしてその2年後に開催されたニューヨーク万博は、テーマこそ「理解を通じた平和」という冷戦の世界を緩和しようというものだったが、実態はシアトルと同じく、宇宙をテーマにした出展が多かった。
当時は米ソで宇宙開発を競っており、ジョン・F・ケネディ大統領は、早くも1961年に「アポロ計画」を発表、1960年代までに月に人類を着陸させると宣言していた。
明るい未来と宇宙時代の万博
この万博ではそういった背景もあって、三大自動車メーカーをはじめとして宇宙関連の展示が多かったのである。
人類の未来は明るく、宇宙開発もどんどんスピードアップしつつ進んでいき、すぐにでも月で生活できる、そんな輝かしい未来をイメージした展示のオンパレードだったのである。
しかし、現実には、1969年7月20日にアポロ11号が月面着陸し、その後1972年にかけて6回の月面着陸を果たした後、経済的・政治的な理由等々からもう50年以上も人類は月に足を踏み入れることができていないのである。
そういう意味では、このニューヨーク万博が、アメリカ最後の、無邪気に未来を夢見る万博となったのかもしれない。そしてそのために、いろいろと見どころが満載だったのである。
この万博は2年にわたり5100万人以上が来場したビッグイベントであった。
「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」へ
さて、じつは、この2023年11月下旬に、筆者は4年ぶりにニューヨークを訪れた。
目的の一つは、この1964/65年ニューヨーク万博の跡地の取材である。
じつはこの万博の前にも1939年、1940年と2期に分けて同じ場所でニューヨーク万博が開催された。
この時は、1939年についてはBIE公認の万博であった。
この辺りについてはまた別に詳しく述べたいと思うが、さて、USスチールである。
1964/65年のニューヨーク万博はクイーンズ区の「フラッシング・メドウズ」というところで開催された。
今、マンハッタンのミッドタウンから行こうとすると、地下鉄7番線に乗って東の方へ約30分、「Mets-Willets Point」という駅で降りる。この駅の北側にはニューヨーク・メッツの本拠地である、「Citi Field」がある。
そして、万博跡地は駅の南側にあり、今は「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」という、巨大な公園になっているのである。
万博のシンボル「ユニスフィア」
そしてその中心にはこの万博のシンボルとなった「ユニスフィア」が今でも変わらずに存在しているのである。
日本でも人気の映画「メン・イン・ブラック3」や、リドリー・スコット監督、松田優作やマイケル・ダグラスが出演した「ブラックレイン」などにも登場するこの「ユニスフィア」は今でも圧倒的な存在感を誇っている。
そしてこの「ユニスフィア」こそ、USスチールの寄付によって建てられたものである。
当時の金額で200万ドルであったという。
この「ユニスフィア」は世界最大の「地球儀」といわれ、高さ140フィート(約42・7メートル)の巨大なオブジェで、90万ポンド(約408トン)ものスティールを使ったものであった。
この「ユニスフィア」は、アメリカの景観設計家ギルモア・クラーク(1892~1982)の作品で、地球を表す球体の外側を3つの巨大なリングが取り囲んでいるが、それは、当時宇宙に打ち上げられた人工衛星を象徴しているのである。
「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」は現在、市民の憩いの場となっている。
野球やサッカー、フットサル、テニスなど様々なスポーツができる施設、ジョギングに適したルート、水上スポーツの楽しめる池などその面積は広大で508haもある。
そして、その中心に今もたたずむ「ユニスフィア」。
約60年経った今でも、ニューヨークの人たちに万博の想い出を語りかけているような気がした。
この「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」にはまだまだニューヨーク万博の名残が残っている。それについてはまたこれから書いていくことにしたい。