『フリー・フォーム』(”Free Form”)
さて、引き続きご紹介するのが『フリー・フォーム』(”Free Form”)である。
これは、<58>でご紹介した『人間精神の自由』(”Freedom of the Human Spirit”)に比較的近いところに設置されている。
この作品もまた、1964/65年ニューヨーク万博の「彫刻委員会」によって選定され、設置された作品である。
作者はホセ・デ・リベーラ(Jose de Rivera, 1904-1985)。
デ・リベーラはアメリカ、ルイジアナ州生まれの抽象彫刻家である。
彼の彫刻は「空間に描く」とたとえられ、この作品はその一例である。
黒い花崗岩のピラミッド型の台座の上で、鋼鉄のピンで固定された、独特の曲線を描くステンレス鋼がゆらいでいる(気がする)。
台座の中にはモーターがあり、彫刻がゆっくりと回転し、見る人からの見え方もそれにあわせてかわっていく仕組みになっていたらしいが、筆者が見た時は、動いてはいなかった。
しかしそれでも、この高さ12フィート(約3.66メートル)の作品は、刻々と変わる陽の光や、雲などの空の景色にあわせて、タイトルのとおり「自由な形」の瞬間瞬間の違った印象を見る者に与えるのである。
この作品も1992年から1993年にかけて修復されている。
その際、侵食された台座は、より耐久性の高い花崗岩に交換された。
また、彫刻は研磨され、内部のモーターは交換された。
そして、周囲のエリアは新しい芝生と植え込みで整備されなおされたのである。
ちなみに、デ・リベーラは同じフラッシング・メドウズ・コロナ・パークで開催された1939/40年ニューヨーク万博、そして1958年ブリュッセル万博にも彫刻を出展している。
『フォームズ・イン・トランジット』(”Forms in Transit”)
つぎにご紹介するのが、『フォームズ・イン・トランジット』(”Forms in Transit”)である。
この作品は、一見してこの1964/65年ニューヨーク万博全体の大きなテーマのひとつであった「宇宙」をモチーフにしている。
この作品は、恒久施設として建てられた「ホール・オブ・サイエンス」(Hall of Science)という科学パビリオンの敷地内に設置され、現在もその地に設置されている。
「ホール・オブ・サイエンス」も現在は「ニューヨーク・ホール・オブ・サイエンス」という名称の施設になっており、万博のときに作られた「グレート・ホール」という建物もそのまま残っている。
「ホール・オブ・サイエンス」はユニスフィアやこれまでご紹介した3つの彫刻作品のある公園区画とはことなり、高速道路を挟んだ西側のエリアにある。
その区画には「ホール・オブ・サイエンス」のほか、いくつか万博ゆかりの施設が残っている。
この「ホール・オブ・サイエンス」(Hall of Science)については、今回の視察で別途調査済みなので、またご紹介することにしたい。
さて、『フォームズ・イン・トランジット』(”Forms in Transit”)である。
この作品は、セオドア・ロザック(1907-1981, Theodore Roszak)というポーランド生まれで、2歳の時にアメリカ・シカゴに定住した彫刻家の作品である。
ロザックはニューヨークのコロンビア大学でも哲学のコースを受講し、それが「人間の人生を支配する無形の力」についての理解に大きな影響を与えたと後に語っている。
彼の作品『キティホークの亡霊』(1946-47, “Spectre of Kitty Hawk”)はニューヨーク近代美術館に所蔵されているが、これは特定の航空機ではなく、飛行の精神について描いている、ということであるが、難解である。キングギドラのような怪獣を描いているようにみえてしまう。
それに比べると、『フォームズ・イン・トランジット』(”Forms in Transit”)はわかりやすい。
この彫刻は、アルミニウム、鋼管、金属板で作られた高さ12フィート(約3.66メートル)、長さ43フィート(約13メートル)の巨大な彫刻である。
この彫刻は胴体と翼を備えたロケットに見えるが、同時に動きと変化の概念を具体化することも意味している、とのことである。
『カンデラ』(”Candela”)
じつは、『カンデラ』(”Candela”)は、これまでご紹介してきた『ロケット・スローワー』(”Rocket Thrower”)、『人間精神の自由』(“Freedom of the Human Spirit”)、『フリー・フォーム』(”Free Form”)、『フォームズ・イン・トランジット』(”Forms in Transit”)の4つの作品とは異なり、「彫刻委員会」によるものでもなく、もともとは「パブリック・アート」でもない、万博のためのパビリオン・構造物であった。しかし、今は、パブリック・アートといってもいいような状態だと感じるので、このパートに入れてご紹介する。
この『カンデラ』(”Candela”)、場所もこれまでご紹介した彫刻作品とはちょっと離れたところにある。
ユニスフィアと『ロケット・スローワー』(”Rocket Thrower”)、『人間精神の自由』(“Freedom of the Human Spirit”)、『フリー・フォーム』(”Free Form”)の3つの作品のある公園区画から北に歩き、メッツ-ウィレッツ・ポイント駅(Mets-Willets Point Station)を通り越し、さらに北に向かう。
そうすると目の前に巨大なスタジアムが現れる。これが2009年に完成した「シティ・フィールド」(Citi Field)である。
このスタジアムはニューヨーク・メッツの本拠地である。
この巨大なスタジアムの左手の駐車場(シェイ・スタジアム跡地)との間を北の方へ歩いていく。
すると、フラッシング湾(Flushing Bay)という水辺に到達する。
このフラッシング湾の左手先にはラガーディア空港があり、その先はイースト・リバーである。このイースト・リバーを左手に下っていくとマンハッタンの東側に通じるのである。
さて、このフラッシング湾にちょうど突き当たるところにあるのが、『カンデラ』(”Candela”)である。
1964/65年ニューヨーク万博のときには、ここに「万博マリーナ」(World’s Fair Marina)が設置されていた。ボートに乗る人がここに船を停泊させて万博を見にいくことが可能だったのである。
このマリーナのウォーターフロントに、3つの小さな、しかし未来的なデザインのグラスファイバー製の構造物が作られていた。
それが今も見ることのできる『カンデラ』である。
この3つの『カンデラ』のうち、一つは沿岸警備隊のパビリオンとして使用された。
あとの2つはジョンソン・モーターズ(Johnson Motors)とエヴィンルード・モーターズ(Evinrude Motors)の展示物を展示するのに使われていた。
今の寂れた様子からは、当時の展示の状況をイメージするのはむずかしい。
しかしそれでも、この『カンデラ』は現在も3つ、このマリーナの水際に残っていて、我々に1964/65年当時の万博の雰囲気を想像させるのである。