<21>「マティス展」(東京都美術館)と『夢』の続き
このブログは
の続きである。
(もし、まだ<21>をお読みになっていらっしゃらなければ、そちらを先にお読みいただくことをお勧めしたい。)
さて、<21>では、今、東京都美術館で開催されている「マティス展」をご紹介し、美術展図録等では解説がなかったが(万博ではよくあることである。そこまで万博に注目している美術史家はそうはいない)、今回の出展作『夢(The Dream)』が、1937年パリ万博の一環として、6月から10月まで開催された「独立美術の巨匠たち1895-1937展」に出展されていたことを「発見」した。
今回の「マティス展」展覧会図録P258からの「マティス伝記」には
*
1937年、レイモン・エスコリエがプティ・パレ美術館で「アンデパンダンの巨匠たち、1895-1937」展を開催し、マティスも登場。
*
という記述がある。
しかし、「マティスも登場」どころか、この1937年パリ万博の「巨匠展」にはマティスは最多の61点を出展していたのである。
なので、<21>のブログでは下記のように書いた。
*
マティスの作品が61点も展示された、ということになると、今回のマティス展に出展されている作品で、1937年以前の作品であれば、万博に出展された可能性もある。
この、61点の具体的なリストが手に入らないかと思っているが、今のところは見つけられていない。
(現在継続調査中。何か見つかったらまたご報告したい)
*
実はその後もこの「巨匠展」に出展された作品リストが手に入らないかといろいろと調べていた。
すると、ネット上にそのものズバリの情報は見つけきれなかったものの、それらしき本の情報は見つけた。
「独立美術の巨匠たち1895-1937展」のカタログを発見
いろいろと捜索していく中、AbeBooks.com というサイトで、
Title: Les maîtres de l’art indépendant 1895-1937. Juin – Octobre Petit Palais.
Author: (Petit Palais)
Quantity: 1
Book Description: Illustrated catalogue of an exhibition celebrating the rôle of the Petit Palais in promoting avant-garde art in Paris over the previous forty years. It was this gallery that hosted the annual Salon des Indépendants and later the Salon d’Automne (both exhibitions set up by and for those artists who had had their work rejected by the official Salon), and the artists featured include a wealth of famous names from fauvism, cubism, dadaism and othe…
Binding: Soft cover
Book Price: US$ 64.08
Shipping Price: US$ 15.02
という本を見つけたのだ。まさに「独立美術の巨匠たち1895-1937展」のカタログのようだ。
合計79.1ドルということで1万円を超えてしまうが、ここで躊躇していると、すぐになくなってしまうかもしれない。残り1冊しかなさそうだ。
しかし、このAbeBooks.comというサイトは大丈夫なのか?
ネットで調べてみると、Wikipediaにもページがあり、
「AbeBooks (エイブブックス)は7ヶ国で展開する世界的な電子商取引のオンライン取引市場である。50ヶ国以上の販売者から本やファインアート、収集品などが出品されている。」
とある。さらにその下には、
「2008年1月、Amazon.comがAbeBooksを買収し、その傘下にある」とある。
Amazonの傘下企業であれば、クレジットカードナンバーを入れても大丈夫だろう、そう判断して速攻注文した。
それが6月10日(土)のことである。
そして、6月22日(木)夜に我が家に届いた。
1937年の本なので、86年前の本である。なかなか貴重な本である。
しかし、本当に知りたい情報は出ているのか。
期待と不安を抱えながら、見るからに年季の入った本を手に取ってみる。最近、こんなにワクワクしながら本を見たのは何年ぶりだろう。そんなことを思いながら、ところどころページが剥がれかかっている古い本を痛めないように丁寧にゆっくりとページをめくる。
「独立美術の巨匠たち1895-1937展」のカタログ中のマティス関連情報
すると、探していた情報が見つかった。
36ページに、マティスの顔写真、そしてその下にHenri Matisseという活字と本人のサインがある。そして作品リストがその下に出ている。
その右側のページ(37ページ)にはあの『夢』の画像が出ている。キャプションには、「No.10. Le Rêve(夢)」とでている。
さらに次の38ページもマティスの作品リストである。その下には彫刻の写真がある。これにはタイトルキャプションは単に「Sculpture(彫刻)」としかない。
その右のページ(39ページ)には、「No.35. Le Chapeau Jaune (『イエローハット』)」とキャプションのある画像が掲載されている。
そして、上には「Salle 7」とある。
つまり、マティスの作品は、「第7室」に展示されたということだろう。
その「第7室」はどこかと調べてみる。
このカタログの11ページにプティ・パレのフロアープランが出ており、そこで第7室がどこかが確認できる。
正面入ったところが第1室で、そこから左に行って、右に曲がって3つ目の部屋である。
ちなみに手前の第6室にはアンドレ・ドラン(1880-1954)の作品30点が、マティスの部屋の次の第8室ではジョルジュ・ルオー(1871-1958)の作品が42点展示されている。
その他、我々の知る多くの「巨匠」たちがこの展覧会には出展している。
例えば、代表的なところで言うと、
シニャック、<19>でご紹介したマリー・ローランサン、ドニ、ヴュイヤール、ボナール、ロダン、モディリアーニ、シャガール、ユトリロ、レジェ、ピカソ、ブラックなどである。
錚々たるメンバーであり、今からみればこんな展覧会を開催するなど不可能に近いだろう。
当時は現存の画家ばかりが集められたということで今より難易度は高くなかったかもしれないが、それでもすごい展覧会である。
さて、マティスに戻ってみよう。
マティスの出展した「61点」とは下記のごとしである。
(筆者翻訳の日本語訳はご参考程度にご覧ください。)
マティスが出展した61点の作品
<カタログP.36に記載>
- Odalisque au Magnolia (1926). Collection Gaston Bernheim
『マグノリアを持つオダリスク』
- Les Fleurs du 14 juillet 1918. Collection Gaston Bernheim
『1918 年 7 月 14 日の花』
- Nu couché de dos (1928).
『後ろから見た横たわるヌード』
- Jeune Fille en robe jaune (1929-1931). Collection Miss Etta Cone
『黄色いドレスを着た若い女性』
- Femme à la fenêtre (1922). Musée Moderne, New York
『窓際の女性』
- Femme au Tabouret (1912).
『ストゥールに座る女性』
- Coin d’Atelier (1899). Collection du Docteur Charpentier
『アトリエの隅』
- Poissons Rouges (1909). Collection Purrmann
『金魚』
- Les Tapis (1906). Musée de Grenoble
『敷物』
- Le Rêve (1935).
『夢』
- Nu Couché (1924).
『横たわるヌード』
- Intérieur à Nice (1921). Collection De Mme Coodspeed
『ニースの室内』
- Les Yeux bleus (1932). Collection Miss Etta Cone
『青い目』
- La Blouse verte (1936).
『グリーンのブラウス』
- La Blouse bleue (1935). Collection Bellanger
『ブルーのブラウス』
- L’Atelier (1916). Collection Particulière
『アトリエ』
- Odalisque au Tambourin (1927). Collection Paley
『タンバリンをもつオダリスク』
- Liseuse (1905). Musée de Grenoble
『読書灯』
- Atelier du quai Saint-Michel (1917).
『サン・ミッシェル河岸のアトリエ』
- Nature Motre, à Contre-jour (1901).
『逆光の静物画』
- Trois Soeurs (1916). Collection P. Guillaume
『三姉妹』
- Odalissque à la Veste violette (1927). Collection P. Rosenberg
『紫の上着のオダリスク』
- Les Glaïeul. Collection A. Kann
『グラジオラス』
- Nu Couché au fond Noir et Feillage (1936). Collection P. Rosenberg
『黒と葉の背景に横たわるヌード』
- Femme Arabe (1928). Musée du Petit Palais
『アラブの女性』
- Deux Soeurs (1916). Collection A. Kann
『二人の姉妹』
- Les Oliviers (1919). Musée du Petit Palais
『オリーブの木』
- Nu au Tapis Espagnol (1920).
『スペインのカーペットのヌード』
- La Desserte (1897). Kunsthalle de Bale
『食卓』
- Nature Morte au plâtre (1928). Colleciton Rockfeller
『石膏の静物画』
- Nature Morte aux oranges (1912). Collection de Mme Sternheim
『オレンジのある静物』
- Nature Morte (1920). Collection Josse Bernheim
『静物』
- Figure Décorative (1922).
『装飾的身体』
- Pianiste et les Joueurs d’Échecs (1920). Collection P. Rosenberg
『ピアニストとチェスプレイヤー』
<カタログP.37に記載>
- Le Chapeau jaune (1929).
『黄色い帽子』
- La Route du cap d’Antibes (1921).
『アンティーブ岬の道』
- Les Oliviers de Corse (1898).
『コルシカ島のオリーブの木』
- Femme au violon (1921). Collection P. Guillaume
『バイオリンを持つ女性』
- Jeune Fille en Robe noire (1918). Collection Kann
『黒いドレスを着た若い女性』
- Jeune Fille au Livre (1918). Collection P. Rosenberg
『本を持つ少女』
- Espagnole à la Mantille blanche (1923). Collection Josse Bernheim
『白いマンティージャのスペイン女性』
- Tête de Femme (1916). Collection P. Rosenberg
『女性の頭部』
- Le Pont de Sèvres (1919). Musée du Petit Palais
『セーヴル橋』 - Odalisque à la Culotte rouge (1921). Collection Gaston Bernheim
『赤いキュロットのオダリスク』
- Danseuse Classique (1927).
『クラシック・ダンサー』 - Les Citrons (1927).
『レモン』 - Moissonneurs (1896).
『刈り入れ人』
- Nu à la Cheminée (1936).
『暖炉でのヌード』
- Nature Morte, Pommes et Citrons (1896).
『静物画、リンゴとレモン』
- Paysage de Collioure (1905). Collection Molyneux
『コリウール風景』
- Petit nu sur une Chaise-longue (1921).
『長椅子に座る小さなヌード』
- La Raie d’après Chardin (1901).
『シャルダン後のエイ』
- Ma Chambre à Ajaccio (1898).
『アジャクシオの私の部屋』
- Pianiste (1920).
『ピアニスト』
- Jeune Fille aux draperies rouges (1936).
『赤いマントの若い女性』
- Paysage, Coin du Mont-Boron (1920).
『風景、モン・ボロンの一角』
- Nature Morte (1896).
『静物』
- Bateau Camouflé au Port de Marseille (1916).
『マルセイユ港の偽装船』
- Petite Nature Morte (1897).
『小さな静物画』
- Tête Noire (1916).
『黒い頭部』
- Petit Nu Couché au bracelet jaune (1936). A Mme Delektorskaya
『黄色のブレスレットをした小さな横たわるヌード』
みなさんがご存知の作品はあっただろうか。
今回の「マティス展」出展作品で1937年パリ万博「巨匠展」に出展された作品は?
さて、いよいよこれら61点の作品と、今回の「マティス展」出展作品とを照らし合わせてみる。
似たような題名も多いので、制作年の情報も使いつつ、一つ一つ照合してみる。結構大変な作業である。
その大変な作業の結果、『夢』の他にあと2点、もしかしたら、という作品が見つかった。
それは、
- Odalisque à la Culotte rouge (1921). Collection Gaston Bernheim
『赤いキュロットのオダリスク』
と、
- Paysage de Collioure (1905). Collection Molyneux
『コリウール風景』
の2点である。
『コリウール風景』について調べる
このうち、『コリウール風景』については、Wikiの英語版では、同じタイトル、1905年制作で、今回の「マティス展」の作品とは違うビジュアルの絵が紹介されている。ニューヨーク近代美術館(MOMA)のコレクションとのこと。
「巨匠展」資料には『コリウール風景』はCollection Molyneux(モリヌー・コレクション)のものとある。
一方、今回の「マティス展」の図録には、この作品のキャプションに「メナード美術館」とあるので、「メナード美術館」の所蔵であるようだ。メナード美術館のHPにアクセスしてみたところ、この絵は見つけられたが、果たして、メナード美術館の作品が、Collection Molyneuxからのものであるかはわからない。さらに、制作年は「1905〜1906年」とあり、「1905年」とは微妙に異なるので、違う作品の可能性もある。ただ、もちろん、メナード美術館が購入した可能性もあるし、制作年も後からの情報で修正された可能性もあるので、もう少し調査してみることにする。
さて、まず、このCollection Molyneuxというのはどういうものなのか?
米国ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーのウェブサイトで、下記のような情報を見つけた。
(筆者による翻訳)
*
モリヌー・コレクションのフランス絵画展
1952年3月2日―5月11日。
一階、セントラルギャラリーにて。
概要: 73 枚の比較的小ぶりな絵画が、ロンドンならびにパリの著名なドレス・デザイナー、エドワード モリヌー大尉からこの展覧会のために貸し出された。これらの絵は、1936年以来、大尉自身のパリのアパートを飾るために収集されていたものだ。 そのコレクションの中には、オーギュスト・ルノワールの作品 17 点、ウジェーヌ・ブーダンの作品 10 点、エドゥアール・ヴュイヤールの作品 7 点、そして、ピエール・ボナール、クロード・モネ、フィンセント・ファン・ゴッホ、ジョルジュ・ルオー、アンリ・マティス、その他の 19 世紀および 20 世紀の芸術家の作品が含まれている。 モリヌー大尉はこの展覧会の絵画の設置作業のためにワシントンを訪れたが、開幕前にフランスに戻らなければならなかった。 ナショナル・ギャラリー館長のジョン・ウォーカーは後に、この極めてプライベートな個人コレクションを、ナショナル・ギャラリーのために一括購入するようアイルサ・メロン・ブルース(Ailsa Mellon Bruce)に勧めた。そして、それ以来彼女の名前がコレクションに付けられるようになった。
カタログ: モリヌー・コレクションのフランス絵画。 ワシントン DC: ナショナル・ギャラリー、1952 年。
その他の会場: ニューヨーク近代美術館
*
とある。
次に、現在の所蔵先とされているMOMAのWebサイトで調べてみる。
資料はでてきたが、上記以上の詳細情報には辿りつかなかった。
しかし、MOMAでも、モリヌー・コレクションの展覧会をやっている情報はあった。
これらの情報を総合すると、この「巨匠展」出展作品は、今、東京の「マティス展」で展示されているメナード美術館所蔵のものではなく、MOMA所蔵のもの、という可能性が高い。しかし、モリヌー・コレクションに同じタイトルの絵が2枚あった可能性もあるので、現時点では、残念ながら特定できない。
『赤いキュロットのオダリスク』について調べる
次に、『赤いキュロットのオダリスク』である。
これも、このタイトルで検索すると2つ出てくる。また悩ましい。
今回の「マティス展」に出展されていない別の一つは、パリのオランジェリー美術館に所蔵されているものらしく、オランジェリー美術館のサイトで確認すると、制作年は1924-1925年ということが確認できる。よって、こちらの作品ではないだろう。
今回の展覧会への出展作は、ポンピドゥー・センター所蔵のものであることから、ポンピドゥー・センターのWebサイトを調べてみる。すると、
Henri Matisse
Odalisque à la culotte rouge
[automne 1921]
(アンリ・マティス『赤いキュロットのオダリスク』 1921年秋)
というこの絵のための解説ページがあり、今回の都美の「マティス展」に出展されている作品の写真とともに、解説が書かれている。
そして、「Bibliographie(参考文献)」のところの3つ目のパラグラフに次のようにある。
*
Les Maîtres de l”art indépendant 1895-1937 : Paris, Petit Palais, juin-octobre 1937. – Paris : Arts et métiers graphiques, 1937 (cat. n° 44 cit. p. 36, salle 7 (coll. Gaston Bernheim))
独立芸術の巨匠たち 1895 ~ 1937 年: パリ、プティ パレ、1937 年 6 ~ 10 月 – パリ: グラフィック アーツ アンド クラフツ、1937 (カタログ番号 44 引用、36 ページ、部屋 7 (ガストン ベルンハイム所蔵))
*
この参考文献は、すなわち、筆者が今回入手した資料と同じカタログである。
ということは、今回の東京都美術館の「マティス展」にポンピドゥー・センターから出展された、
『赤いキュロットのオダリスク』は、1937年パリ万博出展作、とみて間違いないだろう。
試行錯誤の結果、『夢』につづき、『赤いキュロットのオダリスク』という万博出展作を突き止めることができた。
今回の「マティス展」は、この『夢』や『赤いキュロットのオダリスク』という86年前に開催された1937年パリ万博でプティ・パレに展示された作品をあらためて東京で見ることができる貴重な機会である。
筆者も、また、開催中にふたたび訪れてみなければなるまい。