東京都庭園美術館へ
東京都庭園美術館で開催中の「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」展に行ってきた。
庭園美術館といえば、その建物自体が日本のアール・デコを代表する一つの作品である。
「アール・デコ」のもとになった「1925年アール・デコ博」 (Exposition Internationale des Arts Decoratifs et Industriels Modernes) については、<20>1925年パリ「アール・デコ博」とは でご紹介しているのでそちらをご覧いただきたい。
今回あらためて庭園美術館を訪問し、中の装飾物等を見ると、今回開催中の「フィンランド・グラスアート」と、アール・デコの建築物である重要文化財「旧朝香宮邸」という二つの異なった展覧会に、同時に来ている錯覚に陥る。
両方を一話でお伝えしようとすると、こんがらがる恐れがあるので、まずこの<28>話では、この、「旧朝香宮邸」と万博についてお伝えしよう。
「旧朝香宮邸」
なぜ、このアール・デコ様式の建物ができることになったのか。
ここでは、東京庭園美術館が発行している冊子「旧朝香宮邸のアール・デコ」より要約する形でご紹介したい。この本は、旧朝香宮邸にご関心のある方へはおすすめの書物である。多くの写真とともに詳細な解説がついていてわかりやすい。
さて、そもそも「旧朝香宮邸」の発端は、朝香宮鳩彦(やすひこ)王(1887-1981)が1922年、軍事研究を目的としてパリ留学中に交通事故に会って重傷を負われたことに端を発する。
事故後、鳩彦王の看病のために允子(のぶこ)妃殿下(1891-1933)が渡仏されることになる。
この允子妃はかねてよりフランスの芸術・文化に造形が深い方であった。
ちょうどその頃、1925年にパリで「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(アール・デコ博)が開催されていた。
ご夫妻はこの博覧会に幾度か足を運ばれたものと思われ、そこでアンリ・ラパン(1873-1939)やルネ・ラリック(1860-1945)の作品に接して深い関心を抱かれ、アール・デコ様式の邸宅を望まれた、ということだ。
その結果1933年に建てられたのが「旧朝香宮邸」ということになる。
そして、その建物を利用して1983年に開館したのが「東京都庭園美術館」である。
パリで開催された万博が、遠く離れた日本の宮家の邸宅デザインに大きな影響を与えたのである。
冊子「旧朝香宮邸のアール・デコ」には次のようにある。
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この建築物の基本設計は宮内省内匠寮(たくみりょう)の権藤要吉が行い、大客室など一部内装設計をフランス人装飾美術家のアンリ・ラパンが手がけるなど日仏共同で作られた建物です。
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ルネ・ラリックと1925年アール・デコ博
この「旧朝香宮邸」は、玄関のところにいきなりルネ・ラリックの大きな作品がある。
正面玄関ガラスレリーフ扉である。
同冊子によると「翼を広げる女性像は、型押ガラス製法で作られています」とあるが、確かに横から見ると、女性像が盛り上がっているのがよくわかる。
ルネ・ラリックは「アール・ヌーヴォー」、「アール・デコ」両方の時代を生きた芸術家である。「アール・ヌーヴォーの万博」といわれる1900年パリ万博では宝飾品などを出展していた。
そして、彼は1925年アール・デコ博でも活躍した。
ラリックのために一つのパビリオンが与えられたのである。
ラリックは、アンヴァリッド会場の中に「ラリック館」を出展し、その前の広場には「ラリックの噴水」も設置した。この「ラリックの噴水」は、写真が残っているが、15層になっているブロックのようなところのそれぞれから斜め下に向かって同時に水が飛び出している大々的な噴水である。
旧朝香宮邸は、基本的に一階部分はアンリ・ラパンが内装設計を行い、壁画なども彼が描いている。
また、シャンデリアのデザインはルネ・ラリックが行なっていたりする。
それに対して二階の居住空間部分は主に宮内省内匠寮の技師が担当し、和のテーストも取り入れられている。
アンリ・ラパンと1925年アール・デコ博
そして、そのアンリ・ラパン(Henri Rapin)は、1925年アール・デコ博でいくつかのプロジェクトを手掛けていた。
一つは「フランス大使館」である。
この「フランス大使館」というパビリオンについては、<19>「マリー・ローランサンとモード」展で少し触れた。
マリー・ローランサンの親しい友人(恋人)であったニコル・グルーの夫であり建築家のアンドレ・グルーがこのパビリオンを手がけた。そしてその一部が「フランス大使夫人の部屋」であり、そこにローランサンの絵画が飾られたのである。
その「フランス大使館」の「応接サロン」を手がけたのがアンリ・ラパンだった。この設計をアンリ・ラパンとピエール・セルメルシャンが共同で行なったのである。
東京都庭園美術館のホームページの中の「1925年アール・デコ博パヴィリオン訪問」の第2回には次のようにある。
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フランスは高級素材と優美なデザインによる数々の美しいパヴィリオンを出展し、その実力をフルに発揮しました。その代表的な存在が「フランス大使館」応接サロンです。設計は装飾美術家協会創立メンバーの一人でもあり朝香宮邸において客間などの設計を手がけたアンリ・ラパンがピエール・セルメルシャンと共同で行いました。各パーツの制作はエドゥアール・ベネディクトゥス(壁布)、レオン・ブジェ(大型家具)、アンリ・ブシャール(壁面上部レリーフ)、シャルル・デスピオー(彫刻)、ジャン・デュパ(絵画)、ルルー(柱頭、椅子の装飾彫刻)、エドガー・ブラント(扉)ら装飾美術家協会のメンバーを中心に当時第一線で活躍した美術家が手がけました。この応接サロンは、大量生産を志向した当時の「現代性」といった観点からみると、かなり手工業的であり装飾過剰、贅沢すぎるといえるでしょう。しかし、ここには直線的形態やモチーフの連続性によるダイナミズム、メタリックな素材質感、シンメトリーによる空間構成など、彼らが現代的と信じたアール・デコの力強さ、華やかさに溢れています。
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もしかしたら、鳩彦王ご夫妻はこのパビリオンを訪れ、それでアンリ・ラパンをご指名されたのかもしれない
また、ラパンは、この博覧会では「国立セーブル製陶所パビリオン」のデザインも一部手がけたということだ。
ふたたび、東京都庭園美術館のホームページの中の「1925年アール・デコ博パヴィリオン訪問」の第5回から引用しよう。
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アレクサンドル三世橋を渡り、アンヴァリッド広場に向かう通りの中央、中庭を挟み左右に建物を配置したこのパヴィリオンは、建築家のピエール・パトゥーとアンドレ・ヴァントルによって設計されました。このパヴィリオンの中で、一際、人々の眼を引き付けたのは、彫刻家ジャン=バティスト・ゴーヴネが制作した高さ7メートルの巨大な8つのオブジェでした。この巨大なオブジェが目印となり、遠方からでもセーブルのパヴィリオンを望むことができたと言われます。
ラパンはこのパヴィリオンで、庭園、「光のサロン」、「磁器のアマチュアの小部屋」等のデザインを担当しました。中でも、庭園のデザインと「光のサロン」のインテリアは、特筆すべきものといえるでしょう。
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当時のこの万博の図面を見ると、アンヴァリッド会場の中ではほぼ中心に位置し、メイン的な場所である。そこから中央の大通りに沿って南を見ると、直接「ラリックの噴水」が見える、という位置関係である。
場所的にもラリック、ラパンともにこの万博でメインのような扱いをされていたのかもしれない。
そのような二人が手がけたのが、この旧朝香宮邸なのである。
「旧朝香宮邸」にみるアール・デコ
さて、この「旧朝香宮邸」であるが、建物の設計、部屋の設計・装飾、内装、照明、そしてラジエーターレジスター(暖房器用カバー)など、いろんなデザインがあって楽しめる。
階段や壁の装飾ひとつひとつとってもいろんなデザインが施されている。
それでは、さらにいくつかの写真をご紹介しよう。
<照明>
まずは、照明である。
ルネ・ラリックの作品も複数ある。また、書斎の間接照明はアンリ・ラパンが手がけたものだということだ。
その他の照明デザインは内装設計とともに宮内省内匠寮が手がけたものだろう。
<ラジエーターレジスター(暖房器用カバー)>
また、ラジエーターレジスターもなかなか楽しめる。
允子妃殿下ご自身がデザインされたものもあるし、各部屋のラジエーターレジスターのデザインも魚が描かれているものや、単に幾何学的な模様、植物が描かれているものなどさまざまである。いくつかのモチーフは複数の部屋のラジエーターレジスターに使用されている。
このようにみていくと、この旧朝香宮邸だけでも多くのアール・デコ作品を見ることができ、大変楽しめる。
1925年のアール・デコ博では28.8ヘクタールもある会場で、さまざまなパビリオンがそのデザインを競っていたわけだから、その規模と内容は想像にあまりある。
アール・デコは、この1925年アール・デコ博から、日本以外にも世界中に発信されたのである。
万博で世界に発信されたアール・デコ
たとえば、アメリカはこの万博には公式参加していなかったが、アメリカからこの万博を訪れた多くのアメリカ人は、この万博に感銘を受けた。
そして万博の翌年の1926年にはアメリカ美術館協会の主催でパリの「アール・デコ博」からの400点の作品による展覧会がアメリカを巡回することになる。
そして、ニューヨークを中心にアメリカ風のアール・デコを展開していったのである。
その証拠は、クライスラー・ビル(1930)やエンパイアー・ステート・ビル(1931)などに今も認めることができるのである。
さて、次回はいよいよ、この東京都庭園美術館で開催中の「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」展について書いてみたい。
実はこの展覧会も万博トピック満載なのである。