<131>「クリスタル・パレス駅」

1851 London Expo

Crystal Palace Railway Station

下の写真は現在の「クリスタル・パレス駅(Crystal Palace Railway Station)」である。

「クリスタル・パレス駅」外観(2025年)
photo©️Kyushima Nobuaki

「クリスタル・パレス駅」外観(2025年)
photo©️Kyushima Nobuaki

この駅はロンドンの中心からほぼ南に電車で30〜40分ほど行ったところにある。

もちろん「クリスタル・パレス」は世界初の万博、1851年ロンドン万博の会場であり、ハイドパーク内に建てられた。

ではなぜ、ハイドパークからこんなに離れているところに「クリスタル・パレス」という名のついた駅があるのか。

移築された「クリスタル・パレス」

ロンドン万博は1851年5月1日に始まり、同年10月11日には終了した。

しかし、万博終了後、取り壊されるのを惜しむ声が多かったため、「常設の万博」を実現すべく一度解体され、1854年にロンドン郊外のシデナムの地(現在、「クリスタル・パレス駅」があるところ)に移設されることになった。

これは<130>でご紹介したパクストンの導入した「プレハブ工法」という新しい技術でできたものだったからこそ可能なことだった。

シデナムに再建された「クリスタル・パレス」は、サイズも大きくなり、塔もつけ加えられるなどして、市民の憩いの場になっていた。

その市民を運ぶために作られたのがこの「クリスタル・パレス駅」だった。

この駅は、新しい「クリスタル・パレス」がこの地にできた1854 年 6月 10日に、その名もウェストエンド・オブ・ロンドン・アンド・クリスタル・パレス鉄道 (West End of London and Crystal Palace Railway WEL&CPR) によって開業した。

その後、改築等を経て現在の姿になっているのである。

筆者は2001年、今から24年前に一度ここを訪れている。
その頃はひなびた田舎の駅、という感じだったが、今回訪れてみると、以前の小さな駅舎は残っていたものの、駅全体ではプラットフォームも増え、カフェも開業し、ずいぶんと近代化していた。

駅は創設から171年経ったわけだが、今回の訪問はそのうち24年を経て、つまりこの駅の歴史の中で14%を経ての訪問なので、それなりに変わっているのも当然のことといえるだろう。

2001年のクリスタル・パレス駅
photo©️Kyushima Nobuaki

2025年のクリスタル・パレス駅。
2001年のほぼ同角度からの写真と比べると、後ろに近代的な5,6番線プラットホーム用の屋根が見える。
photo©️Kyushima Nobuaki

こうして世界初の万博の記憶は、この駅とともに将来に語り継がれていくのだろう。

 

 

 

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