エラールのピアノと万博
前回<75>でご紹介したエラールのピアノ。
エラール社は1851年ロンドン万博にもピアノを出展し、1855年パリ万博では金賞を受賞するなど、万博的にも由緒あるピアノメーカーであった。
残念ながらこの会社は今はもう存在していない。
迎賓館赤坂離宮のエラールピアノ演奏会
<75>では迎賓館赤坂離宮にエラールのピアノがあり、時折演奏会が開催されているということもご紹介した。
内閣府のHPから今一度引用しよう。
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◆迎賓館赤坂離宮のエラールピアノ◆
演奏会で使用するのは、明治39年(1906年)に製造されたエラール社製のグランドピアノです。通常、ピアノの鍵盤は88鍵ですが、このピアノは90鍵ある珍しいものです。また、特別な装飾が施されており、皇室を表す菊の御紋も描かれています。
迎賓館赤坂離宮は、明治42年(1909年)に東宮御所として建設されました。エラールピアノは、東宮御所の造営時、「羽衣の間」に置くために購入されました。
後の昭和天皇が大正12年(1923年)から約5年間、後の香淳皇后との新婚時代を含めて当館にお住まいになられた際、香淳皇后がこのピアノを演奏されました。また、戦後このピアノが皇居に置かれた際には、皇室の方々も演奏されました。
その後、昭和49年(1974年)、5年余りの改修工事を経て、当館が国の迎賓施設である迎賓館赤坂離宮となった際に、このピアノも皇居から移管され、以来当館で保有してきたものです。
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ちょうど申し込み期間だったので、このエラールピアノ演奏会に申し込んでみたところ、運良く当選し、演奏会に参加できることになった。
HPによると定員各回75名ということである。
今年2024年6月は、6日、13日、20日と演奏会が予定されているが、筆者が参加したのは6月13日(木)のものだ。
参観料は、下記の通り。
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【エラールピアノ演奏会+本館・庭園】
一般:2,500円、大学生:2,000円、中高生:1,000円、小学生:無料
【エラールピアノ演奏会+和風別館・本館・庭園】
一般:3,000円、大学生:2,500円、中高生:1,200円
【エラールピアノ演奏会+和風別館・庭園】
一般:2,500円、大学生:2,000円、中高生:1,000円
【エラールピアノ演奏会+庭園】
一般:1,300円、大学生:1,000円、中高生:500円、小学生:無料
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6月13日の演奏会に参加
当選通知のメールには、演奏会は17:00〜17:45だが、第1事務棟休憩室までに16:45までに集合、とある。また、迎賓館自体には16:15までに来るようにとあるので、16時過ぎに到着。受付・会計を済ませて庭園で写真を何枚か撮ってゆったりした時間を過ごす。
筆者はすでに何度か迎賓館赤坂離宮を訪れており、本館も和風別館も参観したことがあるし、時間の関係もあるので、演奏会+庭園のベーシックなプランを選択した。
演奏会に参加、ということでピンクのバッジを首にかけるように言われる。
そこで抽選箱のようなものでカードを引く。
筆者は0009番だった。結構前の方の席かもしれない。
第1事務棟休憩室には多くの参加者が集まってくる。いずれも上品そうなご婦人方が多い。
16:50くらいから番号順に案内され、本館に入り、階段をのぼり、2階の「羽衣の間」に向かう。
「羽衣の間」
「羽衣の間」は迎賓館の西側に位置する部屋で、「羽衣」の名前は、謡曲「羽衣」景趣を描いた大絵画が、天井に描かれていることに由来している。
「鏡と金色と緋色」の華麗な大部屋で、かつては舞踏室と呼ばれていたとのこと。
壁などには音楽にちなんだモチーフの絵や装飾が多くほどこされている。
ここにエラールのピアノが置かれているのももっともであるといえよう。
さて、この「羽衣の間」に案内され、ラッキーなことに前から3列目の席で筆者的にはベストな位置だった。
ここに置かれているエラールのグランドピアノは1906年製ということで、ロンドン万博やパリ万博に出展されたものではもちろんないのだが、同じエラール社製ということで音を聞くのが楽しみだ。
デザインも、メトロポリタン美術館に所蔵されていた2台のピアノと比べても上品で繊細で、貴婦人を思わせる。天皇家にちなんで菊の御紋もあしらわれている。
今回、庭園は写真撮影ができたが、本館の中では一切写真撮影が許可されていなかったので、残念ながら部屋の中の様子や、エラールのピアノそれ自体の写真もご紹介できないが、内閣府のHPでその様子を味わっていただきたい。
「エラールの響きで蘇る明治の日本のうた」
この日の演奏者は清水 史さん(ピアノ)、櫻井 愛子さん(ソプラノ)のお二人である。いずれも輝かしい経歴をお持ちの方々である。
この演奏会は「エラールの響きで蘇る明治の日本のうた」とタイトルがつけられており、下記の演目が演奏された。
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歌の翼に
ハインリヒ・ハイネ作詞 フェリックス・メンデルスゾーン 作曲
もし素敵な芝生があったなら
ヴィクトル・ユーゴー 作詞 フランツ・リスト 作曲
秘密
アルマン・シルヴェストル 作詞 ガブリエル・フォーレ 作曲
夢想(ピアノソロ)
クロード・ドビュッシー 作曲
出現
ステファヌ・マラルメ 作詞 クロード・ドビュッシー 作曲
からたちの花
北原白秋 作詞 山田耕筰 作曲
薊の花
北原白秋 作詞 橋本國彦 作曲
花のいろは
小野小町 作詞 山田耕筰 作曲
我手の花
与謝野晶子 作詞 信時潔 作曲
浜千鳥
鹿島鳴秋 作詞 弘田龍太郎 作曲
宵待草
竹久夢二 作詞 多忠亮 作曲
ゴンドラの唄
吉井敢 作詞 中山晋平 作曲
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演奏者お二人のお話によると、メンデルスゾーン、リスト、フォーレ、ドビュッシーなど、本日前半に演奏された曲の作曲家たちはエラールのピアノを使っていた。
ピアノの技術発展が目覚ましい時期だったので、作曲家とピアノメーカーは密接に連携した関係にあった、ということである。
なるほど、ピアノにどんな機能が備わっているか理解していないと作曲しても演奏できない、ということも起こり得たのだろう。
もちろん、前回ご紹介したようにベートーベン、ショパン、ベルリオーズなどもエラールのピアノを使っていた。
エラールは連弾ができる技術を発明して、ピアノの世界に革命を起こしたらしい。その前は、音が連なるように早く弾けるピアノはなかったということである。
そんな技術革新もあってエラールのピアノは万博に出展されたのだろう。
エラールのピアノも当時の先端技術だったのだ。
さて、いよいよ演奏が始まった。
初めて聴くエラールのピアノの音は豊かで力強い。
連弾もなるほどちゃんとはっきりした独立した連なる音で聴こえてくる。
大変美しい音色である。
それにしても100年以上前に作られたピアノの音を聴いていると思うと感慨深い。
演奏を聴いているうちに、今回の選曲も含め、いつの間にか、明治、大正時代にタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまう。
そんな不思議な体験を味わうことのできた夜だった。