<136>「ハロッズ」と「リバティー」と万博

1862 London
リバティーの外観 photo©️Kyushima Nobuaki

ロンドンの伝統あるデパート

万博発祥の地ロンドンには、万博と深いかかわりを持つデパートがある。

今回の旅行でも買い物をかねて万博にかかわりのある2つのデパートを訪れてみた。

ハロッズ

チャールズ・ヘンリー・ハロッド(Charles Henry Harrod, 1799-1885)という人物が、ロンドンはハイド・パークの南数百メートルのところにあった小さな店を買い取ったのは、世界初の万博、1851年ロンドン万博の開催される2年前の1849年のことだった。

そして1851年、ハイド・パークに建つ「クリスタル・パレス」で開かれた万博に訪れた600万人を超す見物客の多くは、この店に流れて、ハロッドに巨額の利益をもたらすことになる。

数年後、ハロッドは周辺の土地を買い、商品の種類も増やしていく。その店が、今もロンドンでもっとも有名なデパート「ハロッズ」となったのである。

ハロッズ外観
photo©️Kyushima Nobuaki

リバティー

また、ハイド・パークの東に店舗を構える「リバティー」も、万博を契機に発展したデパートである。

リバティーの外観
photo©️Kyushima Nobuaki

ロンドンで2回目の開催となった1862年ロンドン万博

この万博では、日本の工芸品600点以上が出展されていた。

これは、英国の初代駐日公使ジョン・ラザフォード・オールコック(Sir John Rutherford Alcock, 1809-1897)という人物が、自分で日本の工芸品を選定して出展したものだった。

「リバティー」の創始者アーサー・ラセンビー・リバティー(Arthur Lasenby Liberty, 1843-1917)は、この展示を見て影響を受け、出展物の一部を買い取ってビジネスを始めたといわれている。

リバティーの前に置かれた狛犬
photo©️Kyushima Nobuaki

リバティーの内部。
photo©️Kyushima Nobuaki

リバティーの内部。
photo©️Kyushima Nobuaki

リバティーの特徴的なデザインのシャツ
photo©️Kyushima Nobuaki

この1862年ロンドン万博には、日本からの文久使節団の面々36人が、視察に行っている。

そのメンバーに入っていた福沢諭吉は、帰国後、その著書『西洋事情』の中で万博について、

博覧会は元相教へ相学ぶの趣意にて、互に他の所長を取て己の利となす。之を譬(たと)えば智力工夫の交易を行うが如し

と書いている。

タイトルとURLをコピーしました