<91>「お〜いお茶ミュージアム」と「お茶の文化創造博物館」

1926 Philadelpia
ミュージアム外観 photo©️Kyushima Nobuaki

東京・汐留の「旧新橋停車場」内のミュージアム

夏休みもいよいよ終盤だが、東京近郊で気軽に行ける万博関連施設として、東京・汐留の「旧新橋停車場」内の「お〜いお茶ミュージアム」「お茶の文化創造博物館」をご紹介したい。
名前でわかる通り、伊藤園が開設したものである。
なお、「鉄道歴史展示室」も引き続き併設されている。

旧新橋停車場の鉄道歴史展示室、お〜いお茶ミュージアム、お茶の文化創造博物館のサイン
photo©️Kyushima Nobuaki

ミュージアム外観
photo©️Kyushima Nobuaki

この施設は、今年2024年5月1日にオープンしたもので、中にはカフェもあり、ちょっと一休みもできる。

伊藤園と大谷翔平選手

伊藤園は、1933年シカゴ万博で始まったアメリカ・メジャーリーグのオールスターゲームの常連になったドジャース・大谷翔平選手と「お〜いお茶 グローバルアンバサダー」として契約した。

ということもあり、中に入ると、大谷選手をラベルに使用したペットボトルの自動販売機や、大谷選手のカットアウトなどもありかなりの大谷色が感じられる。

お〜いお茶ミュージアム入り口付近
photo©️Kyushima Nobuaki

この施設は入ったところが売店とカフェになっており、左奥に「お〜いお茶ミュージアム」、右奥に「お茶の文化創造博物館」が位置している。

「お〜いお茶ミュージアム」は比較的こじんまりとしたスペースで、無料で楽しむことができる。

一方、「お茶の文化創造博物館」は入場料が大人500円。
中には、展示のほか、「お茶シアター」もあり、映像も楽しめる。
お茶の歴史や伝播、飲み方・作り方などがわかるようになっている。

館内の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

館内の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

お茶の文化創造博物館入り口
photo©️Kyushima Nobuaki

お茶の文化創造博物館 展示の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

お茶の文化創造博物館 展示の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

お茶の文化創造博物館 展示の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

お茶の文化創造博物館 展示の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

謎のドリンク「茶ポンス」

さて、ここで筆者が注目したのは、カフェで販売している「茶ポンス」(650円)である。この「茶ポンス」という飲み物は今まで聞いたことも、もちろん飲んだこともなかった。
メニューには、

濃厚な抹茶にレモンと炭酸を合わせしゅわっとすっきり爽やかな味わい

とある。

さらに、メニューの横に置いてあった「茶ポンスって、何?」という解説シートには次のようにある。

アメリカで日本茶店を営んでいた神宮栄蔵が1926年のフィラデルフィア万博の日本茶カフェで提供した人気メニューのひとつ。
果汁や砂糖・炭酸水などを加えた飲み物「ポンチ(punch)」のこと。

お茶と万博の歴史

お茶と万博の歴史は、最初に江戸幕府が出展した1867年パリ万博から始まっている。
このパリ万博にはあの渋沢栄一も現地参加しているものであるが、このとき日本は国としてグランプリを受賞している。
この時は、皇室の陶器や青銅美術に加え、幕府が展示した約100点の浮世絵などによって、ジャパン・プレゼンテーションがおこなわれたが、同時に「茶店」が出展されていた。

1867年パリ万博の会場「シャン・ド・マルス宮」

渋沢栄一

この展示は清水卯三郎という人物が企画したもので、おかね、おすみ、おさとという3人の芸者が人気を集めたのである。
高橋邦太郎『チョンマゲ大使海を行く』(人物往来社)によると、次のようにある。

「『茶店』は、檜造りの六畳敷きの座敷をしつらえ、土間があり、それを囲んで庭があって、植木をあしらい、そこに風俗人形を置き、緋毛氈をしいたしょうぎ(長い腰掛)で休めるようにし、座敷には、江戸柳橋松葉屋の芸者、かね、すみ、さとの3人が、髪は桃割れ、友禅縮緬の振袖に丸帯をしめ、長いキセルで煙草盆の火をつけて煙草を吸ったり、手まりをついたり、客が望めばリキュールそっくりの味醂酒のお酌をしたり、茶を饗したりした」

それ以来、輸出促進や、茶の文化の紹介ということもあり万博ではお茶関連の展示、茶店の出展が行われてきた。

具体的に把握できるものだけでも、次の万博がある。
1867年パリ万博 
1876年フィラデルフィア万博 
1893年シカゴ万博
1904年セントルイス万博
1915年サンフランシスコ万博(パナマ・太平洋万博)
1926年フィラデルフィア万博
1933年シカゴ万博

「茶ポンス」と神宮栄蔵

ちなみに、「茶ポンス」の解説にでてきた神宮栄蔵というのは、日系人画家で、1919年にテキサス・サンアントニオに住みつき、1926年に茶園を開園した人物とのことである。
その同年、アメリカ独立150周年を記念して開催されたフィラデルフィア万博において、日本茶館でこの「茶ポンス」を提供した、ということになる。
アメリカ人の嗜好にあわせて、飲みやすい、すっきりしたドリンクを作ったのであろう。

1926年フィラデルフィア万博の人気メニューのひとつ「茶ポンス」
photo©️Kyushima Nobuaki

それから約100年が経つ。
この「茶ポンス」は、なるほど今まで味わったことのない味である。
すっきりとしつつ甘みがある。日本茶の風味は相当程度減じられているが、夏に万博に思いを馳せながら飲むには最適の飲み物といえよう。

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