<130>パクストンによる「クリスタル・パレス」のスケッチ

1851 London Expo
パクストンによるクリスタル・パレスの最初のスケッチ(V&Aミュージアム) カバー付きの展示方法がとられている。 カバーが閉まった状態。 photo©️Kyushima Nobuaki

パクストンによるスケッチ

パクストンによるクリスタル・パレスの最初のスケッチ(V&Aミュージアム)

この吸い取り紙に落書きのように描かれた1枚のスケッチこそが、じつは世界初の万博会場の原案となった最初のスケッチである。

描いたのはジョセフ・パクストン(1803-1865)
デボンシャー公爵邸の庭園技師で、数々の温室を設計した実績を持つ人物だった。

信じられない超短期の工期

このスケッチには「1850年6月2日」という日付がある。
1851年ロンドン万博は1851年5月1日からの開催予定であった。

つまり、この「最初の」スケッチが描かれたのは開催11ヶ月前ということになる。
想像すらできないスケジュールである。

果たして本当に開催日に間に合ったのか。。

実は余裕で(?)間に合ったのである。

起工は1850年7月。完成は1851年1月。

実質6ヶ月という恐ろしく短い工期だったのである。

これを実現できたのは、当時の最新技術である鉄とガラスを駆使し、工場で製造された部品を現地で組み立てるというプレハブ工法のおかげであった。

温室の設計の経験のあったパクストンはその温室構造をこの建物「クリスタル・パレス」に応用したのである。

クリスタル・パレスの模型(V&Aミュージアム)
photo©️Kyushima Nobuaki

実に長さ564メートル(初めは1848フィートで設計されていたが、後で、万博開催年にちなんで1851フィートに変更された)、幅124メートルもあり、使った鋳鉄が3800トン、ガラスが30万枚という大建築物だった。

この画期的な工法は大評判になり、建設委員会は工事の見物料として5シリングを取って、かなりの収入を得たという。

工事自体が当時の建築技術の先端的実験場であり、その会場自体が第1回万博の最大の目玉展示物といってもよかったのである。

クリスタル・パレスの鳥瞰図(V&Aミュージアム)
後ろに見えるのがサーペンタイン池
photo©️Kyushima Nobuaki

この貴重なスケッチは、今もヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムにカバー・取手付きの展示方法で大事に保管・展示されているのである。

パクストンによるクリスタル・パレスの最初のスケッチ(V&Aミュージアム)
カバー付きの展示方法がとられている。
photo©️Kyushima Nobuaki

パクストンによるクリスタル・パレスの最初のスケッチ(V&Aミュージアム)
カバー付きの展示方法がとられている。
カバーが閉まった状態。
photo©️Kyushima Nobuaki

パクストンによるクリスタル・パレスの最初のスケッチ(V&Aミュージアム)
カバー付きの展示方法がとられている。
カバーを開いた状態。
photo©️Kyushima Nobuaki

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