<133>今も残る世界初の万博の大規模な廃墟

1851 London Expo
「クリスタル・パレス」跡地(2001年撮影) このころは頭部が欠けていた女性の像 photo©️Kyushima Nobuaki

シデナムの「クリスタル・パレス」跡

世界初の万博だった1851年ロンドン万博

その会場だった「クリスタル・パレス」ジョセフ・パクストン(1801~1865)が設計した鉄とガラスによる温室構造の大建造物だった。

じつはその名残が今も廃墟となって残っているのである。

万博終了後、「クリスタル・パレス」は取り壊されるのを惜しむ声が多かったため、1854年にロンドン郊外のシデナムの地に移設された。

健在だった頃のシデナムに移設された「クリスタル・パレス」
Crystal Palace South transept & south tower from Water Temple

そしてその後ずっと長い間、市民の憩いの場になっていた。

ヴィクトリア女王とアルバート公夫妻もしばしばここを訪れたという。

福沢諭吉の『西航記』

また、福沢諭吉(1835-1901)も日本の文久使節団の一員として、1862年(文久2年)にシデナムで現物の(移設後の)「クリスタル・パレス」を見ている。

福沢の日記『西航記』には、5月27日(旧暦)に「キリスタル・パレース」を訪れたことが記されているのである。

『福沢諭吉選集 第1巻』(岩波書店)『西航記』には次のような記述がある。

二十七日 水(太陽暦25日 日曜日)

キリスタル・パレースに行く。此日、女王の誕日。
キリスタル・パレースは玻璃宮の義なり。玻璃宮は竜動より七里の地にあり。火輪車に乗り、数ミュートにて達すべし。
此宮は旧との展観場なり。千八百五十四年之を建つ。
広さ凡そ本邦の五万五千坪、高さ二百尺余、奥壁尽く鉄柱と玻璃を以て営み、絶て土木を用ひず。
宮内に万国の珍奇物を集め、諸人行て観るを許す。宮外は盛に園を開き遊覧の場となす。花樹を植え、又た蒸気機を以て飛泉数百を作り、泉の大なるものは騰飛すること二百尺、佳時吉日は都下の士女皆来て遊覧す。本日は遇ま女王の誕生にて遊人甚だ多し。

福沢諭吉も、今から163年前、「竜動」(ロンドン)から、「火輪車」(かりんしゃ、汽車のこと)に乗って<131> でご紹介した「クリスタル・パレス駅」を利用して訪れたのであった。

「玻璃宮」(はりきゅう)の「玻璃」というのは水晶=クリスタルのことである。つまり、「玻璃宮」=「クリスタル・パレス」のことである。

この記述によると蒸気機関を活用した数百の飛泉(噴水)が設置されていたことがわかる。

(ちなみに、ヴィクトリア女王の誕生日は陽暦5月24日であり、この『西航記』の太陽暦の注とは何らかの理由で1日ずれている。)

しかし、この「クリスタル・パレス」は1936年に警備員の火の不始末から、無残にも焼け落ちてしまうことになる。

そしてその残骸が廃墟となって今もシデナムに残っているのである。

24年を経過した変化

筆者は2001年に一度ここシデナムの跡地を訪れた。

今回(2025年3月)、24年ぶりに再訪してみた。

3対あるスフィンクスはなぜか赤胴色に塗られていた。
これは修復されたということだろうか。

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
赤胴色が塗られたスフィンクス。
photo©️Kyushima Nobuaki

「クリスタル・パレス」跡地(2001年撮影)
このころは色が塗られていなかったスフィンクス
photo©️Kyushima Nobuaki

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
赤胴色が塗られたスフィンクス。
photo©️Kyushima Nobuaki

「クリスタル・パレス」跡地(2001年撮影)
このころは色が塗られていなかったスフィンクス
photo©️Kyushima Nobuaki

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
赤胴色が塗られたスフィンクス。
photo©️Kyushima Nobuaki

しかし、系統的に修復されたという形跡はない。

前回、頭部のとれた女性像があった。
廃墟に佇む頭部のない女性像は、「クリスタル・パレス」がここにたっていた時代を思わせ、なかなか趣があった。

しかし、今回行ってみると、その女性像の頭部が付け加えられている。
それもちゃんと修復したということでもなく、誰かがいたずらをしたのか?
という感じであった。

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
女性像に(変な?)頭部が付け加えられている。
photo©️Kyushima Nobuaki

「クリスタル・パレス」跡地(2001年撮影)
このころは頭部が欠けていた女性の像
photo©️Kyushima Nobuaki

そんな残念なこともあったが、24年後も変わらずこの大規模な廃墟感はなかなか心に沁みるものがある。

そして「クリスタル・パレス」跡は、その移設後171年経った今も多くの市民の憩いの場であり続けているのである。

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
右手にたつ塔は高さ219mの「クリスタル・パレス・トランスミッター(Crystal Palace Transmitter)」。
ロンドンとその周辺地域をカバーする主要なテレビ送信所である。
photo©️Kyushima Nobuaki

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
photo©️Kyushima Nobuaki

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
photo©️Kyushima Nobuaki

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
photo©️Kyushima Nobuaki

現在の「クリスタル・パレス」跡(2025年)
男性の像
photo©️Kyushima Nobuaki

いよいよ翌月(2025年4月13日から)大阪・関西万博が始まる。

この最新の万博にも期待が高まるが、改めて初めての万博の名残に思いを馳せてみるのもいいのではないだろうか。

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