<94>中国・復星系、英ネット旅行トーマス・クックを売却

1851 London Expo
トーマス・クック

トーマス・クックの売却

本日(2024年9月6日)、中国・復星旅遊文化集団が、英国旅行会社のトーマス・クックを売却するというニュースが流れた。

このトーマス・クックという会社であるが、今は日本の消費者にはあまりなじみがないかもしれない。
以前は海外に行くと、よく両替などの時に活用した記憶もあった。

トーマス・クックは、詳しくは後述するが、団体旅行の元祖であり、世界最古の旅行会社とされている。

じつは、このトーマス・クック、5年前の2019年9月に倒産した。
当時は「世界最古の旅行代理店トーマス・クックが倒産」という見出しでこのニュースは世界中を駆け巡った。

その後、トーマス・クックをめぐっていろいろな会社が買収等で動いていたようだが、世界で展開していた事業を一括で引き受ける会社はなく、国別や業務別にいろいろな会社が引き継ぐことになった模様である。

しかし「トーマス・クック」というブランド名自体は倒産後も残ることになり、Club Medのオーナーでもある中国復星国際グループは、が、ハートのロゴとともにトーマス・クックブランドを買収した。

じつはこのトーマス・クック、万博的にはその起源といえる1851年ロンドン万博ゆかりの会社なのである。

トーマス・クックとパックツアー

今でもまだ旅行業界にその名を残すトーマス・クック(1808~1892)

トーマス・クック

彼が企画した初めての汽車による団体旅行が実施されたのは、1841年7月5日のことだった。
当時、英国には主に安くて強いジンによってアルコール中毒になる人が多く社会問題になっていた。

熱心な禁酒運動家であったトーマス・クックは、570人の同志を集めて、旅行中ずっと禁酒を守るという日帰りの「禁酒パックツアー」を成功させたのである。

イングランドの歴史ある都市レスターを出発し、11マイル離れた到着地ラフバラーで禁酒大会に参加し、またレスターに戻る。

それを1シリングという低価格で提供したのである。

たった1日の日帰り旅行中に酒を飲まないだけで「禁酒」と言えるかどうか疑問だが、それほどひどいアル中に悩まされていた人が多かったのかもしれない。

トーマス・クックと1851年ロンドン万博

その最初の団体旅行成功の10年後、トーマス・クックは、1851年ロンドン万博でも本格的に団体旅行を導入することになる。

1851年ロンドン万博を間近に控えたある日のこと、リバプールに向かう途中、たまたま乗り換えたダービー駅で、トーマス・クックは偶然、ミッドランド鉄道会長ジョン・エリスと、「クリスタル・パレス」の設計者ジョセフ・パクストンと出会ったのだ。

シデナムに残るパクストン像
photo©️Kyushima Nobuaki

1851年ロンドン万博時のクリスタル・パレス

エリスらから、万博用のパックツアーを企画するように依頼され、トーマス・クックは地方に住む人々のための万博ツアー企画を本気で考えるようになった。

そのころの労働者階級が地方からロンドンまで汽車を使って旅行する、というのは経済的にかなり難しかった。その点、トーマス・クックが考えたパックツアーは、毎月の旅費積み立てのシステムに加えて地元有力者からの寄付を原資にし、誰もが参加しやすくなっていた。今でいうフィランソロピー(社会貢献や慈善活動)の先駆けである。

ロンドン万博は、「労働者階級への社会教育」をその目的の一つとしていたということもあり、なんとか労働者階級にこの万博を見せたいという気持ちがトーマス・クックにも、地元の有力者たちにも、またパクストンたちにもあったのだろう。まさに運命的な出会いである。

当時のイギリスでは、身分の違う者が同じ空間にいること自体が考えられないことだった。だから、「王候貴族も、労働者階級の人々も一緒に受け入れよう」というロンドン万博のコンセプトは、相当に画期的なものだった。

もちろん、曜日によって、入場料が安い日と高い日とがあり、高い日には身分の高い人が、安い日にはそうでない人々が来場するように、自然と誘導はされていたものの、頻繁に「クリスタル・パレス」を訪れていたヴィクトリア女王と、トーマス・クックのパックツアーで訪れた一般の人々が同じ空間を共有する、ということもこの万博では珍しくはなかったのである。

トーマス・クックの今後

この万博ゆかりのトーマス・クック、今後はポーランドのオンライン旅行会社eSkyが買収するということである。
売却額は最大3000万ポンド(約60億円)。
オンライン旅行業界は、オランダのブッキング・ドットコムなど大手による寡占化が進み、競争も激化している状況である。
今後、この伝統ある「トーマス・クック」というブランドが無事生き残っていくのか、注視していきたい。

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