「ニューヨーク州パビリオン」裏にひっそりと存在するモニュメント
さて、「ニューヨーク州パビリオン」を確認した筆者は、その東側を南から回り込むようにして、ニューヨーク州パビリオン跡の西側へと向かった。
するとその左手に何かモニュメントのようなものが見える。
円形の植栽の中に丸いセメントのモニュメントが見える。
実は、これが1939年/40年、そして1964年/65年の、この「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」で開催されたニューヨーク万博で、ウェスティングハウスという会社が企画した「タイムカプセル」のための記念碑である。
ウェスティングハウスと万博
このウェスティングハウス社については、特に同社と万博の関係について、
<36>東芝の株式非公開化のニュースにおいて詳しく紹介した。
ウェスティングハウス社は1939年/40年ニューヨーク万博において、ヒト型ロボット「エレクトロ」(Elektro)を展示した。このロボットはは、身長約2.4メートルで、歩く、話す、見る、歌う、臭いをかぐ、指で数える、腕を上げ下げするという動作ができたという。
「エレクトロ」は1940年の会期ではロボット犬「スパーコ」(Sparko)を引き連れており、子どもたちの人気の的だったという。
ウェスティングハウス社のタイムカプセル
そして、ウェスティングハウスはこのニューヨーク万博で、5000年後まで開けてはならないという「タイムカプセル」を、万博会場地下約15メートルに埋める企画で評判となったのである。
実はタイムカプセルも万博生まれではあるが、世界初のタイムカプセルはこの万博で登場したものではなかった。(詳細は拙著「万博100の物語」第58話参照)
しかし、「世界初のタイムカプセル」ではなかったものの、この企画は大評判となった。
このタイムカプセルは万博が開催される前の年の1938年9月23日、ニューヨーク万博のオープン6カ月前に「ウェスティングハウス」パビリオンの敷地に埋められることになった。
その形は長さ2・18メートル、直径20センチの細長い円筒ロケット形で、この中には、『ブリタニカ』のマイクロフィルム、紙幣、トランプとその遊び方、電気カミソリなどが収納され、現在もこの地中に埋まっているのである。
そして、ウェスティングハウス社は、同じくこの「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」で開催された1964年/65年ニューヨーク万博でも、同じ形のタイムカプセルを企画したのである。
この時のタイムカプセルに何を入れるかは、選定委員会による選択のほか、万博来場者の意見も含め、民主的に選ばれた。そして1965年の10月16日、1938年のタイムカプセルの横に埋められることとなったのである。
このとき埋められたものには、当時流行していたビキニの水着、ポラロイドカメラ、電動歯ブラシ、ボールペン、トランジスタ・ラジオ、コンタクトレンズ、ビートルズのレコード(!)、そして、ニューヨーク万博のオフィシャルガイドなどがあった。
2つのタイムカプセルが眠る場所
そして、上記2つのタイムカプセルが埋まっているのがこの場所、ということになる。
この円筒形の記念碑には次のように刻印されている。
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THE TIME CAPSULES
DEPOSITED
SEPTEMBER 23, 1938
AND
OCTOBER16, 1965
BY THE
WESTINGHOUSE ELECTRIC CORPORATION
AS A RECORD OF
TWENTIETH CENTURY CIVILIZATION
TO ENDURE FOR 5,000 YEARS
*
訳すと次のようになる
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タイムカプセル
1938 年 9 月 23 日
そして
1965 年 10 月 16 日
にウェスティングハウス エレクトリック コーポレーション
によって
寄託されました
20世紀の文明
の記録として
これから5,000年耐えるように
*
西暦6939年のニューヨーク万博を妄想する
実際にこの地に来て記念碑を間近に見てみると、なかなか感慨深いものがある。
2つ目が埋められてからすでに約50年、つまり5000年の1%の時間が経っているわけである。
よく見ると、すでにこの記念碑の一部は欠損していたりして、あと4950年も持つのだろうか、と不安になる。多分、後世の人が、気づくたびにメンテナンスしてくれるのだろう。
だが、あと4950年は長い。
西暦6939年というこの一番目のタイムカプセルが開けられる日まで人類は生き延びているのだろうか。
昨今の世界各地で勃発している戦争、地球を何十回も破壊できるという世界中の核弾頭の数などを考える時、悲観的になりがちである。
だが一方で、西暦6939年に、人類はよくぞここまで平和に過ごしてこれた、というお祝いに、将来の人類によって、このタイムカプセル開封記念の大々的な万博が、またここニューヨークの「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」で開催されることを、この記念碑の前でひとり静かに妄想するのである。